ブログを引っ越ししました。

OCNブロク人やseesaaブログで色々操作してましたが、
デザインいまひとつだったり、操作の方法が面倒臭くて、
「心の点描」(http://pointe77.exblog.jp/)
で、現在使用中のexblogに移りました。

エクスポート・インポートが上手くできませんので、
タイトルは「続続・透析とバレエと馬と」
http://oblige7.exblog.jp/
です。

ついでながら、透析施設も2/20に移ります。
詳細に就きましては、「続続・~~~~~~~」の方で
縷々述べたいと思うてます。
今日はすんなり投稿出来てよかった。
いつもこうだと引っ越しなんかせんですんだのに。
プンプン。

http://oblige7.exblog.jp/
「続続・透析とバレエと馬と」も引続き
宜しく申し上げます。

人工血管とステント

ループの人工血管を埋設したのは1998年(平成)10月29日。
以来8年と3ヶ月。
当時はまだ、PTA(風船による血管拡張術)は人工血管では
一般的ではなくて、5年持てば御の字と、言われていた。
やがて、たびたびのPTAは痛いし、頻度も多くなるし、
ステントの挿入術が一般的になってきた。
私も例外ではなくて、PTAを何度繰返していることか。

痛いの痛いのトンデッケーなんて生易しくない。
辛いのなんの! ! !! !! !!
人工血管の静脈側の肩側の吻合部上方が
度々狭窄するのだ。
映像で見ると血管が糸みたいに極細になっている。

ステントの話が出て、既に2年が経過している。

ステントの実物も見せてもらった。実に美しいものなのだ。
ちょうだい。と、ドクターに呟いたら、
30万円するのだと。
そんなに高けれゃ、貰えやしない。
ステントはチタンでできているのだと。
(本当はチタンだけではなかったのだが。。。。
ドクターもたいがい、いい加減だわさ)
チタンなら、UVクリームもチタンが混ざっている。
UVクリ-ムで、顔がブンムクレタ経験があって
私はチタンのアレルギーだと思い込んだ。

PTAをする度に、痛い痛いと大騒ぎするのに
困惑している(多分)ドクターがステントを入れようかと。
私がいつも、アレルギーがあるかもと、逡巡しているから
パッチテストをしてみようと、
ステントの小片を腕の内側に張って帰った。
なにしろ、新幹線で大阪バスキュラ-アクセスセンター
平中診療所まで、通っているのだから、パッチテストの結果を
見せに気軽にいける距離ではない。
デジカメで撮影して、メールしろとのこと。
小さい水泡ができて、少し赤くなっていたけれど、
画像は鮮明に送れたかどうか疑わしい。
後日、ステントはチタンだけでできているのではない。
色々の合金でできていると、ドクター。
1つ1つの材質をテストするのは無理だって。
ドクターも学習してはんのだ。
そう言うなら、UVクリームもチタンだけで、できてはいない。
ステファニー化粧品のUVクリ-ムが
合わなかっただけかもしれないと、
他のUV化粧品を試してみたら、どうもなかった。
私は、ステント入れようかなと覚悟を固めたのだが・・・
今度は、ドクターのほうが、ためらいはじめた。
中山祐治ドクターは100人以上の人に
ステント入れたけれども、だれにもトラブルはなかったそうだ。
そもそも、チタンは生体適合性に優れているのだそうだ。
それでも、ステントを入れてダメな人もいるらしいと
中山ドクターが言うようになった。
色々調べたんやな。
で、昨年も押し迫って12/22にPTAをしてもらいに行った。
いつものことながら、
私は手術台の上に仰向けで寝かされた状態で、
押し問答になるのだ。
ここからは、大阪弁のノリで。
「ステントを入れてトラブルが起きても文句言いませんと
書いてくれるか」
腕には造影剤を入れて撮影して、風船で膨らませている最中です。
どうやって書くちゅうねん。
造影写真を見ながら、「狭窄部の上の血管が太くて
ステントがスッポヌケルなぁ。。。。」
私「・・・・・・・・・・」
しばらくして、「どうすんねん」と、私。
「怒られたわ~」と、ドクター。
「入れようか?」
「えっ??今、合うステントない言ったやん」
「いや、あるんや。ひっかけるステントが」と、ドクター。
いくら思い出したかしても、無いと言ったばかりなのに
あると言われても、私としては、ベッドの上の
また板の鯉状態では、すぐに返答できひん。

「止めた、止めた。今度にするわ」と、またもや、延期。
ステントって、PTAしながら考えるもんかいな???
それほど気軽なもんなのかな?
2年もあれこれ迷って、どうなるものかしらねぇ?
私の通っている透析施設では、ステント入れてる人いないし。
腕にル-プの人工血管入れている人もいないし。
自分の血管では3年ぐらいしか持たなかったのに
人工血管で9年も持っているのは、有難いことです。
それでも、昨年(平成18年)7月31日の造影では
人工血管の静脈部の脇に、新たな血管ができていて
その血管の音が聴こえて
シャント音が悪くならなくなったのです。
血管エコーでも700~850の血流です。
でも、人工血管を埋設している右手指が左の倍程にも
膨れてくるので、狭窄が酷くなったことを知らせてくれます。
この新しい血管ができたことで、潰れる心配はなくなったね、と、
ドクターは慰めてくれはりますが、どうしてなのかは
聴いておりませんです。
そのうち訊いてみようと思ってます。

やっと書き込みができるようになった。

このブログは最初はサクサクと調子良く動作していたのに
何故かこのところログインはできても
動作が不安定で、安定的に新規書き込みが出来ない状態で
日々、パソコンをいじくり倒しているのだ。
正常に動き出す頃は、疲れてしまって本来の記事を書く
エネルギ-が既にない状態になっている。
ボヤキばかりで、来訪者には申し訳ない限りです。
いましばらく、待って下さいませ。
恐らく、馬ブログと同じ、livedoorに引っ越しするかと考えてます。
一番使いやすい。ただ心配なのは、
いつまでlivedoorであるかなということ。
現社長は、いつまでも、livedoorを持ち続けて
いかないような気配を感じるのだ。

また記事を更新できない。

ログインはできるものの
新規作成をクリックしても
画面が動かなかったり動いたり、
次へボタンが出なかったりと、
操作がスム-ズに進まない。何故だ?

今、更新出来るモードになった。
何が邪魔しているのか?
困っても、問い合わせの手続きが大変面倒だ。
もう、いやになっちゃうよ。

山羊先生 ごめんなさい ごめんなさい

不注意で全て消えてしまいました。
どうしようもなく、ここに書き込んでいます。
おまけに、ここも書き込み不能に陥っており
何度も挑戦して、たったいま
書き込み可能状態になったようです。
まだ、最終的にアップロードできるかどうか不安です。
山羊先生のデータも保存してませんでした。
まさかこんな失敗を引き起こすとは! !
誠に申し訳ございません。

山羊先生がネットを逍遥しておられるのか
どうかも解りませんが、この方法しか
私には選択の余地がありません。
重ね重ね申し訳ございませんでした。

やはり送信できません(1/3 11:00)


透析ブログ「患者、ときどき医者」突然の閉鎖!?

山羊のHNで、透析医療に就いての改善案をブログ上で
提案されていた、希有な透析ドクター。
本人が同時に透析をされていて、それがゆえに、
透析している人達にしてみれば、親しみも湧き
ブログ上では、多くに慕われていた。
何の理由も明かさないままに、突然のブログ閉鎖宣言。
余りにも唐突すぎて、一応自主的閉鎖の形を取っているものの
何らかの圧力があったと、感じさせられてしまう。
つまり、圧力で閉鎖させられたのではないかと、疑ってしまう。
我が国の医の世界は、一応偏差値の高い人達が集まっているのだ。
陰湿で、魑魅魍魎が跋扈している世界でもある。
医者としての良心を持っていても、それが純粋な形で
維持できない世界でもあるのだろう。
組織というものに、屈しなければ、
positionさえも危うくなるのだろう。
妄想を逞しくすれば、
山羊ドクターが、ブログ上で「その日暮らしの透析」の
弊害を指摘し、「より質の高い透析」の啓蒙を続けることを
快く思わない、
個人、または団体の強い要望(圧力と言い換えた方がふさわしい)は
もしかしたら、山羊ドクターのドクターとしての生活権を
脅かしたのかもしれない。
透析医としてのプロ意識を持って信念を文字にして
綴っていた発言を封殺してしまうなんてのは、
とてつもない暴挙だ。
多くの透析している人が、
山羊ドクターを心の師として、励まされたり、
ブログを通して勉強していたのに、
その場を奪ってしまうとは、
余りにも、透析している人達を馬鹿にした行為だ。
もし、山羊ドクターの近くにいる人で
事情を知っている人がいたら、
ことの真相を公表してほしい。
こんなことは言いたくないけれど、
これも、いぢめの一種。
権力をもっている人が、自分達に都合悪い個人を排除する、
なんてのは、現在の日本で蔓延している話である。
30万人のちっぽけな透析の世界で起きた、
とるにたらないハナシではなくて
ちっぽけな透析の世界ではあるが、大事件だと思う。
透析医療の良心が排除されたのだから。

移植医 宇和島徳洲会病院の万波誠医師(66)

マスゴミの大方は、病気腎を移植したということで、
万波医師が、恰も犯罪者であるかのように扱っている。
透析をしている人間から見ると、神様みたいに感じるのに、だ。
死体腎移植ネットワークはあるものの
宝くじのようなものといわれる程に、移植出来るチャンスはない。
毎年、登録の更新をして、その度に採血検査して
登録料も払うのだ。
どうせ、移植腎が当ったなら、もっと詳しく検査するであろうに。
万波医師に移植手術してもらった人は感謝している筈なのに、と、
思っていたら、やっと現れた。

>愛媛県内の腎移植患者らでつくる「えひめ移植者の会」(約百人)の
>野村正良会長は九日、県庁で記者会見し、病気腎移植が問題視されて
>いる宇和島徳洲会病院泌尿器科>部長、万波誠医師(66)を支援する
>ため「移植への理解を求める会」を結成すると>発表した。
>求める会では、万波医師は患者を救うことを第一とし、感謝している
>▽病気腎の利用が広がることを願う―の二点を訴え、厚生労働省にも
>嘆願書を出したい考え。賛同者の意見を集約し、近く公表したいとし
>ている。
>野村会長は、自らも三度目の腎移植となる二〇〇〇年八月、市立宇和
>島病院で万波医師の執刀で腎疾患(ネフローゼ症候群)の患者から摘
>出された両腎のうち、片方を移植したことを明かし「私も命を助けて
>もらった一人。使える腎臓が捨てられる状況は耐えられない」と強調、
>使える体制を整えるよう訴えた。
>手術時の同意書は「なかった」としたが、万波医師から「口頭で成功
>の確率や移植腎の状態などについて十分説明を受けた。病院長も知っ
>ているようだった」と話した。
>移植者の会会員のうち、腎移植患者は八十人余り。うち約四十人が万
>波医師による執刀で、病気腎移植は野村会長以外、把握できていない
>という。同会=電話089(978)5434。
 <愛媛新聞社 2006.11.10>

どう考えても、万波医師が、功名心のために
病気腎を移植していたとは思えない。
透析している人間の苦痛を配慮して
1人でも多くの透析人間を透析から解放させてあげようと
移植医療を続けて来たのだと思う。
手術技術は並ぶものがいない程抜群だったという。
たまたま臓器売買が行われていて、お金が支払われていないと
せこい人間が公にしたことで、万波医師が関わって来た
腎臓移植があからさまになってしまった。
宇和島などという地方で、ゴールドハンドを持ったドクターがいて、
人知れず、密かに、素晴らしいドクターがいるという噂が
全国区に広まり、幸運な人は腎臓移植をしてもらっていたのだ。
私など、宇和島にそんな素晴らしいドクターがいたなんてことを
全然知らなかった。
現在は移植の情熱が冷めてしまったけれど、
透析導入前から、導入後しばらくは
物凄く移植してもらいたかった。
フィリッピンへ行こうかな、と、考えた時期もある。
フィリッピンで移植手術してもらおかな、と
主治医に言ってみたら、
「フィリッピンで手術して来た人が、ウチにもくる。
医者は患者さんを拒否できないから一応診るけれど、
本当は診たくないんや。フィリッピンで手術してきて
調子悪くなっても、知らんで」と。
一方では、ことほど左様に、積極的に診てくれるドクターは
殆どいないのか、転院した施設のドクターの1人が
「外国で腎臓移植してきた人を診てあげます」、と、
いうメッセージを新聞が載せた。
ドクターもそれぞれということだ。
私は、ドクターは、開業していないドクターも
つまり、勤務医も個人商店だと思っている。
ブランドの総合病院であっても、ドクターはそれぞれだから
個人的資質で良かったり、そうでなかったりする。
公の機関が認定していなくても、
万波医師は腎臓移植専門医として、透析をしている人からは
絶対的な信頼を得ていたに違いない。
今後、万波医師は手術がしにくい状況に陥るかと推察する。
それでも、万波医師が、手術できない状況に
恣意的におとしいれることだけは絶対にしてほしくない。
こんな騒ぎになってなお、万波医師に腎臓移植をしてほしいと願う人は
増えるのではないだろうか?
腎臓移植手術は、それなりの施設が整った病院でしか
できないのだから、これまでどおり
手術ができるように、宇和島徳洲会病院が守ってあげてほしい。
このことで、万波医師に犯罪性があるということになれば
日本での腎臓移植手術がまたまた後退する。
かって、東京女子医大では、太田和夫教授が、
病気腎臓をアメリカから輸入したとして、
大学から追放された例がある。
元太田教授にしても、腎臓移植の第一人者で移植に熱心な
ドクターだったのに。
ろくでもない識者や見識のないTVのコメンテイターの
発言に惑わされないように。
ついでに、透析に関係ない人は黙っていてほしい。

バレエ(ballet)と乗馬

balletは日本語でバレエと表記します。
バレーと表記するのは、volleyballのことです。
間違う人が多いのです。
バレエはクラシックバレエと言わないと、
理解されない人が多いです。
バレエには、モダンバレエもありますが、
私がレッスンしているのはクラシックバレエ。
そのバレエを開始したのは、
1993年(平成5年)1月9日。
透析開始が1991年(平成3年)4月10日。
多少休んだりはしてましたが、
2004年(平成16年)7月一杯まで続けていました。
私はバレエを続けることで、すこぶる元気になりました。
バレエを続けている間、
殆ど風邪をひいたことがありませんでした。
大阪からカントリーに引っ越しして、バレエスタジオが少なく
バレエに通う回数が減ってしまって、
他に何かないかな?と、思案しているところに
体験乗馬のお誘いメールが来て、入会してしまい、
初乗馬が2004年(平成16年)5月8日。
バレエと乗馬を同時にしていたのは、たった2ヶ月。
身体に効果的なのは、絶対的にバレエなのですが、
乗馬の方が通いやすいのと、生きた馬相手なので面白い。
バレエヘの足は遠のいてしまいました。
乗馬1年間は、体調も良くて、レッスンの回数も多く
上手になりたい一心で、
1日に3鞍も4鞍も乗る日がありました。
ところが、2年目に入るや、肝嚢胞の炎症が度々起り
何度も入退院を繰返すことになり、
休む度毎に、ビギナー・初心者からやり直しを繰返して
乗馬の上達なんか考えることが出来なくなってしまいました。
5月から10月の間が、要注意。
今年は、5月を無事に過ごしたから、大丈夫と、
思ったのも、一瞬。
6月から10月まで腹痛発熱に苦しめられました。
バレエへの渇望はあり、8月と9月にちらっと
バレエに復帰したのですが、お金は払ったものの
入院して、レッスンに行けなくなった。
そんな時に、家から7分程の近くに、
バレエスタジオができているのを発見しました。
11月・12月の2ヶ月分の月謝を支払い済みで、本日からレッスンと
いそいそと、教室に向かいましたが、
なんと、やってない????
レッスン変更なら、連絡してくれればいいものを。
こちらから連絡しても、電話が通じない。どうなってんのよ。

ここカントリーでは、レッスン料は前払いで、
しかも、長いのは6ヶ月分。その他3ヶ月分・2ヶ月分と
なんだか、せこい。
大阪とは大違い。
大阪はバレエ教師とオーナーが同一というのが普通なのだ。
こちらでは、教室を多数運営していて、
若い弟子にに教えさせているスタイル。
ゴウニハイレハゴウニシタガウシカナイ。
けれども、不満が燻っている。

身体を動かす範囲がバレエの方が広いし、
柔軟性が保てて、身体の老化予防効果がある。
乗馬は、何もしてなかった人には、
結構な運動量になるらしいのだが、
私には、バレエで、柔軟性を維持することは大切と感じる。
乗馬は文句無しに面白いし、楽しい。
どちらも捨て難いのだ。


嚢胞腎と肝嚢胞3

金木犀(きんもくせい)が終わり、口梔子(くちなし)が
芳香を放っている。
今年の口梔子は、生育が悪いのか、遅いのか、
一斉に咲いていない。
ポツンポツンと咲いていて、寂しい咲かた。
夕暮れの空の雲は、秋色の茜色に染まり、ことのほか綺麗。
朝晩は、冷え込み、いやないやな冬の到来を予感させている。
イントロが長いのは、
折角書いた記事が、ウェブリブログの使い方に慣れていない所為で
一瞬にして、消えてしまったからだ。
驚愕と腹立たしさに、怒り狂った心を鎮めるためなのだ。。。。。。
同じ内容の記事を書くのは、嫌だもんなぁ。


昨年の今頃、虎の門病院・川崎分室に行った。

と、ここまで書いて嫌になった。
中断して、保存の設定すると
前に書いた記事が編集中で残っていた。
ハァ?!ラッキー♪
公開を設定してアップロードできちゃった。

嚢胞腎と肝嚢胞3

丁度、昨年の今頃、
虎の門病院・川崎分院に行ってきました。
行く前に、HPで調べました。
相談電話というのがあり、電話しますと
乳原先生に直接繋いでくれました。
いゃぁ、吃驚しました。
診てもらいたいドクターに直接繋いで貰えるなんてのは
ススンデルーと感激したものです。
虎の門病院は敷居が高いのかと、気を揉んでいたのですが
全然、想像とは違ってました。
病院は、こうでなくちゃあ。サービス産業なんだから。
患者の電話なんか、ドクターには端から取次いでくれませんよ。
忙しいからって、威張るなよと言いたい。
嚢胞腎の専門医と自ら名乗っている
ドクターなんていません。
虎の門病院の乳原先生だけです。
腎臓・肝臓の動脈塞栓術に関しては第1人者。
去年の時点で、800人の嚢胞腎の患者さんを診ていると
仰有いました。
ある日、ある腎臓専門医が(私がすでに両腎摘出していたのを
ご存知でした)腎臓をとらなくても、腎臓の動脈を括れば
摘出するのと同じだとの話をしてくれました。
私はてっきり、本当に動脈を何かで、直接括るのだと思ってました。
違うのですね。
動脈にコイル(材質を忘れました)を入れて、つまり詰め物をして
動脈の流れを止めるのですね。
ええ加減なこと言うなと、ある腎臓専門医に言いたいです。
腎臓専門医でも、その程度の知識しか持ってないのです。
腎臓はなくても、透析で救えるけれど
肝臓を殺してしまう訳にはいかないのではという
不安を心に抱いてましたが、
肝臓の嚢胞で、入退院を繰返しているのを止めたくて
私は、乳原ドクターに、肝臓の動脈塞栓術をしてもらえれば
憂いから解放されるかもと
入院準備をして、はるばる虎の門病院・川崎分院へ行きました。
お決まりの各種検査をして
乳原ドクターの診察。
と言っても、持参したCT、MRIフィルムを見て
手術不適応との診断。
ガクーン!!!
肝臓は2枚になっていて、嚢胞が片方だけに集まっていれば
片方だけ塞栓術できるが、私のは両方の両サイドに集中しているから
できないのだとのこと。
おまけに、危険な位置にあるし、まだまだ、お腹が小さい。
3倍ぐらい大きくなって、抗生物質が効かなくなって
CRPが下がらなくなり、入院しっぱなしになるのだとのこと。
そうなったら、またいらっしゃい。
塞栓術もドレンもしてあげますよだって。
そんなになったとき、遠路はるばる
虎の門病院に行けるはずないやん。
まだ、胃に隙間がありますから、もっともっと食べて下さいと
アドバイスされた。
ガクーンではありましたが、専門医に診て貰えたという
安堵感はあった。
専門医でないドクターにいくら診てもらっても
もどかしいだけなのだ。
私の寿命と肝嚢胞の発達・増殖のスピードとの競争ということなのだ。
疲労がでないよう、しっかり食べて
しっかり透析して、炎症・感染がおきないよう願うのみです。

嚢胞腎と肝嚢胞2

2001年10月9日に肝臓の嚢胞の1つが胆道とイケイケになって
胆道の常在菌クレブシアラが嚢胞に感染してCRP36になり、
大変な目にあって(詳細http://www1.ocn.ne.jp/~pointe7/j_29_johzaikin.html
http://www1.ocn.ne.jp/~pointe7/j_30_johzaikin_2.html)
その後、熱が出る度に、クレブシァラか?と
ビクッとしてドクターに診察してもらったり、
エコー検査してもらったけれど、クレブシアラに感染している
というはっきりした兆候はなかった。
けれども、発熱でCRPを検査してみると、大概上昇していて
短期入院を繰返した。
そして、今年2006年6月6日、前日機嫌良く乗馬したのだけれど、
発熱。あっという間に9度近くまで上がって、お腹が痛くて
CRPは上昇。ピクリン筋注して、とりあえず帰宅。
6月8日。CRP10を越えていた。この日も帰宅。
6月10日。熱は39度を越えて、お腹は激痛で、
透析施設に電話して、土曜担当のドクターに、
家から近い、倉敷中央病院に
電話してくれないでしょうか、と、頼んだが、
私は、よう電話しないとのこと。
仕方ない、急性期病院のことだし救急に行くかと。
救急は丁寧に診てくれはって、
以前、白内障で入院したとき透析の主治医だった
ドクターが診にきてくれはった。
なんで、紹介状もってこなかった、と、
嗜められたけど、そんな暇なかったし、
私の通院する施設のドクターは、連絡してくれなかったし。
でも、結局のところ、ベットがあいてないってことで
通院している光生病院の土曜日担当ドクターに電話して
倉敷中央病院では受け入れられないと伝えた。
仕方なく、光生病院に改めて行った。
緊急入院。
6月13日。CRPは下がらず20を越えた。
通院透析の光生病院では間に合わず、
旧国立病院の独立行政法人機構岡山医療センターに搬送された。
だから、光生病院はアカンと思っていたのに。
岡山医療センターの透析室は導入専門なのだ。
けれども、光生病院とは違い、常勤ドクターは数多くいてはる。
すぐ、CT。左右の痛い箇所の2コの嚢胞が大きく黒く映っていたらしい。
消化器内科のドクターが、自信をもって、ここが感染していると
針を刺して、嚢胞のなかの液を採取した。
完璧なハズレ。感染してなかった。
それから、感染箇所探しにドクターはあれこれ検査。
それはもう、熱心なこと。
私は、今回は車椅子の人を通り越して、
移動はベットでという状態だった。

点滴用の血管がないことを見越してですが、
左脚鼠頚部にダブルルーメンをいれました(いやいやながらです)。
乗馬できなくなるなんて文句をいい募ってましたが。
絶飲食で点滴だけ。手の甲で点滴してました。
ブドウ糖と塩化ナトリウム、乳酸ナトリウム混合液500mlを
何本か忘れましたが、24時間。
ほどなくして、点滴が漏れて
すぐさま、ダブルルーメン点滴に切り替わりました。
点滴はブドウ糖50%液+膵臓治療薬+??に変更。
カロリーアップのためです。
それにダブルル-メンからの点滴ですから
濃い液がOKになったのです。
しかし、口が苦いのなんの。ニガイ・ニガイと文句たらたら。
濃いブドウ糖で、糖尿病にならないかとドクターに訊くと
糖尿がないから大丈夫ですと。
血糖値を測りましたよ。毎日。
高いときで200。それ以上上昇しなかった。
最初はカルベニンともう1つ抗生剤が効かなくて
CRPは30近くになってました。
多臓器不全と敗血症の兆候があったそうです。
おまけに、きょうだいを呼べという話もあったのです。
そんなとき、本人は乗馬乗馬と騒いでいたのです。
おまけに、食事をとらないと良くならないから
食事をさせろと懇願してたリしてました。
ドクターは閉口していたでしょうに。

膵臓の酵素アミラ-ゼ・リパ-ゼの値が
日ごとに上昇しているということで、
膵臓を疑われました。
もちろん膵臓のCT・MRAも撮影しました。
何ごともないのです。
デモ、データが、データがということで、
膵臓治療の点滴→飲み薬→脂肪無しの食事と続きました。
ガリウムシンチグラムもしました。
私は、膵臓はなんともないと言張っていたのですが、
心配性のドクターは納得しませんでした。
退院まで、感染の原因は解らないままでした。
数多い嚢胞のどれかが感染してたんでしょうね。と、
いうことになりました。
恐らく、私のような嚢胞まみれの肝臓を診たのは
初めてではなかったかと推察しています。
主治医のドクターは土・日も出勤してはりました。
入れ代わり立ち代わり3人の先生が回診に来てくれはって
退院証明には4人のドクターの署名捺印がしてありました。
通院している病院とは雲泥の差。
CRPは0.4ぐらいに下がって、抗生物質投与は中止して
その後、2日ほどいて、
7月10日に退院しました。
膵臓の酵素のデータ異変につきましては
透析導入病院なので、ダイアライザーの穴が小さくて
アミラ-ゼ・リパ-ゼの抜けが悪かったのではないかということで、
膵臓の病気はないことになりました。
元の施設で、透析膜の穴の大きいダイアライザーで
様子をみて下さいとのことでした。

嚢胞腎と肝嚢胞

多発性嚢胞腎というのは遺伝子異常でおきるもので、
それは遺伝する疾患です。
私を嚢胞腎と診断したドクターは
5人子供がいたとして、3人に遺伝すると言ってました。
統計ですから、絶対とは言えないでしょう。
私の家族では、母からの遺伝で
子供3人のうち、私が特に強く引き継いだようです。
妹にも腎臓に2つくらい嚢胞があるのですが、
特に病的な症状はないようです。
只、血圧が高い。
私は、怪んでいるのですが、
何度病院に行っても、嚢胞腎だと診断されないらしい。
私が保存期から導入してもらった病院に
行ってみろと言っても、何故か行かない。

今は昔、私が「本の虫」時代だった頃、
科学雑誌“Newton”を創刊号から購読をしていました。
まだ透析導入していませんでしたが、
いづれ導入しなければならないということは、認識していました。
ある号で、遺伝子異常が原因の疾患の特集をしていました。
多発性嚢胞腎は、何番目かの遺伝子の異常であるかが
明記してありました。きっちり番号が解っていたのです。
医学については、無知の頭で、
その異常な遺伝子を正常な遺伝子にとっかえれば
私の病気は治るのだ、と楽観した覚えがあります。
やがて、遺伝子治療がマスコミで報道されるようになったのです。
ところが、簡単に遺伝子治療はできない。
限られた病院でしかできない。
院内での了解がいる。
子供にしかできないらしい。
煩雑な手続きの元にしかできないらしい。
何例かは新聞紙上を賑わせていたが、
最近は全然目にすることはなくなった。
遺伝子治療は継続しているのか
遺伝子治療で病気が治ったのかさえ、
私には解らない。
つまり、私は遺伝子治療してもらうことが
永遠にないだろうなということなのです。

遺伝子治療のことはあきらめていたら、
昨年、大塚製薬が嚢胞腎の治療薬の治験をしたのです。
条件がかなり難しかったので、誰でもが
治験に参加できなかったということですが、
薬ができれば、まだ透析していない人には
喜ばしいことです。
が、薬ができるまで10年以上はかかる
のではないかとのことです。
その薬は肝嚢胞には効かないそうです。
肝嚢胞に効く薬も研究されてはいますが
まだまだ先のようです。

ところで、腎臓に嚢胞が先に多くなるか、
肝臓の嚢胞が先に多くなるかは、人それぞれです。
肝嚢胞が増加しても、腎臓は大したことなく
透析していない人もいます。
私の場合は、腎臓の方がさきに嚢胞だらけになりました。
肝臓にも嚢胞があったのですが、
透析導入ドクターは、
肝臓の嚢胞は悪さをしないと言ってくれたので、
安心していました。
ドンドン大きくなり、増加していましたが
悪さはしないと言う言葉を信じて、
意に返さないでいましたが、
透析導入後、10年以上過ぎた頃、
突然、肝嚢胞の1つの底が、胆管に通じて
胆管の常在菌クレブシアラが肝臓の嚢胞に逆侵入してきて
大変な目にあいました(HPに詳細あり)。
以来、ちょくちょく肝臓の嚢胞に
炎症が起きて入退院を繰返しています。
東京都では、嚢胞腎は難病指定になっていて、
補助金がでるとか聞きましたが、
さもありなんと感じます。つづく

2年間もHP更新ストップしてしまっていた

ブログというものをみつけてから、
HP「エキセントリック・メモアール」
http://www1.ocn.ne.jp/~pointe7/
の更新が面倒臭くなってしまった。
で、乗馬を始めて、「乗馬は楽しい*_*」というタイトルのブログ
http://blog.livedoor.jp/ruddy77777/
と、「心の点描 Part2」
http://pointe77.exblog.jp/
というタイトルのブログは更新は続けていた。
そして、「透析とバレエと馬」
http://www1.ocn.ne.jp/~pointe7/tohseki-to-ballet-to.html
の項目をブログに引き継ごうと考えていたのだけど、
なかなか使いやすいブログがみつからなかったのだ。
デザインテンプレートがガキッポ過ぎるのが多いけれど、
ライブドアが、私には最も使いやすいと感じていた。
「乗馬は楽しい*_*」で使用している。
Exsiteのexblogのデザインテンプレートは洒落たのがあるけれど、
コメントするのにバスワ-ドをいちいち入れなければならないのが
ジャマクサイ。
OCNのは、Macに対応していない機能があって使いにくい。
gooのは、反応が遅過ぎる。
サイバーのアメブロは、テンプレ-トが子供っぽい。
楽天のは、ゴチャゴチャし過ぎ。。。。
とかなんとか・・・・・あれやこれや探してみて、
ブータラ不満なのであった。
そんなこんなでブログ選択に2年もかかっていたと弁解。
それにつけても、2年も更新してなかったのかと
改めてびつくりしてしまった。
山羊先生の「患者、ときどき医者」
http://dr-goat.at.webry.info/
が使っておられるウェブリブログは
コメントの字数制限が500字で不満ではあったけれども、
登録してみた。
シンプルで使いやすい、ライブドアのほうがいいけれど、
ライブドアってのも、ホリエモンのものだったし、
喜んで使いたい訳でもない。
ウェブリブログには、色んな機能が多く
いじくり倒して、自分のものにするには
ちょいと時間がかかりそう。
来訪者もほとんどないことだし
ボチボチといくか・・・・

テスト

Macに対応しているんかな?
なんかよく解らん?
ほかのにかえよか。
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